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遺伝子組み換え技術とは何か? 安全なのか?

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「遺伝子組み換え」という言葉を聞くようになって久しいが、この技術に対しては不安や恐怖のようなものを感じている方も多いのではないだろうか。

誤解も多いこの技術は、調べてみると結構勉強になる。

では、今回は遺伝子の組み換えについて解説していこう。

 

目次

 

遺伝子組み換え技術とは

遺伝子組み換え技術とは、ある生物の特定の遺伝子を別の生物に入れて働かせる技術である。

例えば、この技術を使えば、ヒトの遺伝子を大腸菌のDNAに組み込み、ヒト成長ホルモンインスリン大腸菌に作らせるといったことが可能である。

大腸菌は条件が揃うと爆発的に増殖させることができるので、人間にとって有用なタンパク質や薬剤となる物質を作る遺伝子を組み込んだ大腸菌を大量に増やすことで、医療の場面で貢献できる。

 

ヒトと大腸菌のように、見た目も生態も全く異なる生物同士で、なぜこのようなことが可能なのか、疑問に思った方もいるのではないだろうか。

それは、地球上の生物の遺伝子がDNAという共通の物質でできていて、その塩基配列も共通のものを使っているからだ。

一見全く別の生物に見えても、必ずどこかで繋がっている・共通のものを持っているということが、遺伝子組み換え技術を可能にしているのである。

 

遺伝子組み換えの仕組み

では、遺伝子組み換えでよく使われる生物の一つである大腸菌を例に、技術の仕組みを解説していこう。

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まず、目的のヒトの遺伝子を取り出し、PCRを使ったりして大量に増やす。

次にその増やした遺伝子を大腸菌に入れるわけだが、そのまま大腸菌の体内に放り込むわけにはいかないので、ヒトの遺伝子を大腸菌のDNAにしっかり組み込む必要がある。

 

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ではどうやって上手く組み込むのかというと、それにはまず大腸菌のDNA(プラスミドという)を取り出す。

そして取り出したプラスミドの一部を酵素を使って切断する。

この切断を担当する酵素制限酵素といい、制限酵素を使って切断処理を行うことを制限酵素処理という。

 

また、ここで取り出されたプラスミドは後でヒトの遺伝子を組み込まれ、大腸菌の体内に再び戻されるので、ヒトの遺伝子を大腸菌の体内に運ぶ役割も兼ねている

このように、導入したい遺伝子を運ぶ役割をするものをベクターと呼ぶ。

 

ところで、制限酵素処理では、どこでもいいから切断すればよいというものではなく、特定の回文配列を認識して切断をおこなう。

回文配列とは、二本鎖のDNAを見たとき、どちら側の鎖から見ても同じ配列のことをいう。

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回文配列を読み取って切断したあと、いよいよヒトの遺伝子を組み込むわけだが、ただ組み入れただけでは上手くプラスミドに繋がってくれない。

そこで登場するのがDNAリガーゼという物質で、これもまた酵素の一種である。

DNAリガーゼは、同じ切断面のDNAをくっつけて繋ぎ合わせることができる、いわゆる"のり"の性質を持った酵素だ。

 

こうして、リガーゼを使ってヒトの遺伝子を上手く組み込まれたプラスミドは、大腸菌の体内に再び戻され、ヒトの遺伝子にもかかわらず大腸菌の中で発現するようになる。

 

PCR法については以下の記事で解説しています。 

inarikue.hatenablog.com

 

メリットと応用

遺伝子の組み換えは、他の生物に薬を作らせるだけではなく、優れた農作物の開発にも多大な貢献をしている。

 

従来の品種改良では、優れた性質の個体を選抜して交配を重ねていく方法がとられており、品種改良に長い時間がかかった

しかし、遺伝子組み換え技術によって短期間での品種改良が可能となった

農作物などに欲しい特性を、短期間で効率的に持たせられるというのが遺伝子組み換えの最大のメリットだ。

 

ちなみに、遺伝子組み換え作物が最初に登場したのはアメリである。

それはフレーバー・セーバーというトマトで、果実を柔らかくする酵素の合成を遺伝子組み換えによって抑制し、日持ちが格段に良いトマトを作り上げたのだ。

それを皮切りに、特定の除草剤に抵抗性をもたせた大豆や、害虫が食べるとそれを殺すタンパク質を細胞内で生産するトウモロコシなど、様々な品種が開発された。

 

遺伝子組み換えは安全なのか?

 

遺伝子組み換えっていうと、食品をイメージするんだけど・・・。しかも危ないイメージが・・・。

 

スーパーなどに買い物に行ったとき、食品に「遺伝子組み換えではありません」と表記されているのを見たことがある人は多いと思う。

同時に、遺伝子組み換え食品に何らかの不安や恐怖を感じ、購入を避けている方もいるのではないだろうか。

 

結論から言うと、それは誤解であり、遺伝子組み換え食品であっても安全性が確認されたものが出回っているので、大きな危険はない

消費者庁のサイトにも概要が載っているので、この機会に遺伝子組み換えについて知っておきたいことがある人はご参考ください。

https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/food_safety/food_safety_portal/genetically_modified_food/

 

そもそも、大前提として分かっていてもらいたいのは、体内に入った栄養などは基本的に分解されるということだ。

遺伝子を組み換えていようがいまいが、体内では区別されずにまず分解される。

遺伝子を組み換えたものだけが、消化もされずに体内に残留するようなことはない。
 
また、「遺伝子組み換えではありません」という表記のもとに売られている食品があるが、大して深い意味はなく、むしろそうやって表記すると遺伝子組み換えが有害だと思っている人に高く売れるらしい

※現在の日本では遺伝子組み換え作物を原料とした食品には表示が義務付けられています

 

遺伝子組み換えの課題

大きな危険はないとされている遺伝子組み換えだが、全く問題がないわけではない

生態系への影響が懸念されているのだ。

 

遺伝子を組み換えた農作物により、害虫以外の昆虫が死んだり、多種との交雑が起こっている例が見つかっている。

これが意味するのは、遺伝子組み換えのものだけが生き延び、その地域の生態系を変えてしまう可能性があるということである。

 

また、遺伝子組み換え技術は農作物の改良品種に応用されるようになったのは1990年代のこと。

遺伝子組み換えの農作物の栽培の歴史は長いわけではないので、長期的な環境への影響を考慮する必要がある。

 

食品として安全かどうかだけではなく、生態系への影響など、広い視点で考えていかなきゃいけないってことだね!

 

コラム:Btトウモロコシ

遺伝子組み換え作物による生態系への影響について、有名なのがBtトウモロコシという品種のトウモロコシの論争である。

Btトウモロコシとは、バチルス・チューリンゲンシス(Bacillus thuringiensis)という細菌が作るBtタンパク質という殺虫成分の遺伝子を組み込んだトウモロコシのことだ。

このトウモロコシは害虫であるアワノメイガの幼虫などに葉や茎を食害されると、殺虫成分を出し、それらを殺す特性を持っている。

 

こんなトウモロコシを人間が食べて大丈夫なのかと思う方もいるかもしれないが、哺乳類や鳥類はBtタンパク質を胃酸で分解できるので平気である。

 

で、一時期論争になったのが、北米や太平洋地域に生息する絶滅危惧種オオカバマダラという蝶への影響である。

Btタンパク質は、蛾や蝶に対して殺虫性を持つため、害虫だけではなく絶滅危惧種に対しても脅威となりうるのではないのかという話だ。

 

結局、オオカバマダラへの個体数の影響は無視できるということで決着はついたのだが、一連の論争は遺伝子組み換え農作物が生態系へもたらす影響を考慮することについて、一石を投じたと言えるだろう。

 

↓オオカバマダラ

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まとめ

  • 遺伝子組み換え技術とは、ある生物の特定の遺伝子を別の生物に入れて働かせる技術である

 

  • このような技術が可能なのは、地球上の生物の遺伝子がDNAという共通の物質でできていて、その塩基配列も共通のものを使っているからである

 

  • 遺伝子組み換え技術では、酵素を使って生物のDNAを切り取り、そこに導入したい遺伝子を組み入れている

 

  • 農作物などに欲しい特性を、短期間で効率的に持たせられるというのが遺伝子組み換えの最大のメリットである

 

  • 誤解されがちだが、遺伝子組み換え食品は安全であり、日本ではそれが確認されたものが市場に出回っている

 

  • 遺伝子組み換え技術に関しては、それによって作られた食品などが安全かどうかだけではなく、生態系への影響など、広い視点で考えていく必要がある